生き甲斐を奪われた過去…トラウマや心残りなど②

 

前回の記事では、中学から社会人まで生き甲斐としていた吹奏楽でのトロンボーン演奏が「ジストニア」という病気になったことで辞めざるを得なくなった話をしました。

今回はその続きで、自分からトロンボーンというコミュニケーションツールを失ったその後の暗い話になります。

前回の記事はこちら

ジストニアは治らなかった

 

泣く泣く吹奏楽団を辞め、その後はしばらく唇をリセットするつもりで楽器には触りませんでした。音楽のこともほとんど考えないようにしました。

脳と神経が関係している症状なので、素人考えですが、唇の感覚がマウスピースと接触する感覚を忘れてしまえば復活できるかと思ったんですね。

3ヶ月くらい楽器に触らない期間を作り、一度吹いてみましたがやっぱりダメ。

その後また半年くらい間隔を開けてトライしてもやっぱりダメ。

症状は同じでした。マウスピースを口に当てた瞬間に筋肉が勝手に収縮して唇が引っ張られる。

現役の時は3ヶ月も楽器を吹かなかったら、もう初心者になったのか?と思うくらい唇がリセットされる間隔になったものです。今回はその作戦もダメだった。

 

結局現在まで3年ほど、吹いてはダメ吹いてはダメの繰り返しで、僕のメンタルもついにやられてしまいました。

「もう俺はトロンボーンは吹けない人生になったんだな。楽器人生も諦めるタイミングなのかもな。」

悔しくて仕方ない。けど、どうしようもない。毎回トライしてもダメで、その度に希望を失う。

そんな日々を繰り返しているうちに、大好きだった吹奏楽やオーケストラの曲、トロンボーンの音を聞くのさえ辛くなってきました。

家にいればほぼ毎日かけていたそれらのCD、iPhoneに入ってる思い出の曲たち。

それを聞くたびに胸が締め付けられる思いになる。

「聞けば吹きたくなる。でも現実にはもう吹けない。」悔しくて正直何回も泣きましたね。

トロンボーンから身を引く決意をした

 

そんな状態から自分を守るため、あらゆる楽器関係のものを手放す決意をします。

今まで何十年間で集めてきた貴重なCD、大切にしていた楽器、もう手に入らない楽譜、レア物のトロンボーン関係のアイテム、それらを全部売ることにしました。

これらを手放せば目の周りから無くなる。そうすれば思い出すこともない。曲を聞いて悔し涙を流すこともない。とにかく自分の周りから音楽に関するものを一切排除してやろうと思いました。

 

本当に全て手放しました。唯一残したのは、自分がトロンボーンを吹いていて全盛期だった頃に愛用していたマウスピースのみ。

いつか復活することがあれば、こいつを使って元の自分を取り戻したいという気持ちでした。

この写真は僕が実際に音楽関係のものを手放したメルカリの画像です。これ以外にも数ページあって、全部で100アイテムくらい売りました。

 

身の回りからトロンボーンや吹奏楽、オーケストラといった、自分が人生で深く関わってきたものを無くしてからも気が晴れることはありませんでした。

どこかで悔しさや、後悔は付いて回りましたし、「なんで俺がこんな病気にならなきゃいけないんだ!友達は今でもずっと続けてるのに!自分はもうその中に入れない…」そんな想いは消えることはありませんでしたね。

たまにテレビやラジオで流れるオーケストラやトロンボーンの音が聞こえてきたり、夏の時期になるとFacebookやTwitterなどのSNSで仲間たちが吹奏楽コンクールについて書いていることを見るたびに、自分の中での古傷がギスギス痛むような感覚になり、すぐにそういった情報をシャットアウトしてしまっていました。

トロンボーンを失って仲間も失った

 

音楽やトロンボーンを一切絶った僕は、コミュニケーションツールを失ったことで、楽器仲間とはどんどん疎遠になっていきました。

疎遠になった理由は2つ。

ひとつは楽器が吹けないから。楽器を持ち寄って楽しくみんなで吹くという集まりに参加できないからです。

もうひとつは参加できない理由として、ジストニアの症状について友人に話さなければいけないこと。

嘘をついて楽器を辞めたとか、今は吹いてないからと友達を偽るのも無理です。周りからしたら、僕があんなにイキイキと活動していたトロンボーンを辞める理由は思い当たらないし、だからといって本当の理由を言っても理解されないと思ったからです。

僕はこの症状について、この世の中にある情報は自分が出来る限りは調べ尽くしました。

だから、うわべの知識で人にアドバイスもらわなくたって、治りにくいのは自分が一番理解してたし、出来る事は全てトライしてきたつもりです。

それでダメだったから、自分は泣く泣く受け入れた。そこまで話すのも辛いし、同情されたくもなかった。

「しばらくたったらまた復活するよ。」なんて声も掛けられたくなかった。

今思うと、そんな風に思うなんて凄く卑屈な人間だなぁと思いますが、当時はそれだけメンタルがやられていたんですね。

人に「ジストニアになったからトロンボーン辞めた」ってことがどうしても言えなかった。

 

結局、真相を誰にも言わないまま、僕は音楽仲間からどんどん疎遠になっていきます。

コンクールや演奏会にも行かなくなった。行けばメンバーに合うし、音を聞けば悔し涙がでてしまう。

だから、とにかく過去の栄光は捨てて、自分の中ではトロンボーンや吹奏楽は無かったものにしようとまで考えました。

トロンボーンがコミュニケーションツールだったので、トロンボーン無くしては自分の居場所も無いと感じてたんですね。

だから、楽器関係の仲間に会うことを避け、音楽関係のイベントの誘いは全て断り、どんどん孤独になっていく自分がいました。

それでも良かった。それが「忘れる」ための方法だとも思った。

 

まさに生き甲斐も失い、大切な仲間も自分から引き離してしまったんです。

 

代わりになるものなんて見つからなかった。

 

トロンボーンを諦めた僕は、トロンボーン以外に自分が打ち込めるものを探そうと思いました。

音楽をやっていたので、サックスに転向してみようかなと思い、遊びで楽器を買ってみたり、ギターを練習してみたり。

はたまたカラオケを趣味にしようかなと思い歌の練習をしてみたり。

映画や読書など、違う分野を取り入れてみたり。

 

結局、どれも虚しいものでした。

人生を掛けてきたトロンボーン以外に打ち込めるものなんて見つからない。

代役なんて出来なかったんです。

少しは楽しめても、それが生き甲斐となるほどの魅力は感じなかった。

結局はトロンボーンと比べていたのかも知れませんが。

 

人生って何だろう?こんな苦しいものなのかなぁなんて考えました。

野球選手がプロを引退し、今まで人生を掛けてきたものを辞める時がある。引退した後、解説者やコーチ、監督などで野球と関わる仕事に就ける人もいるけれど、ほとんどのプロは辞めた後、野球以外の仕事に就いている。飲食業だったり普通の会社員だったり。

そんな人達って、どんな思いなのかな?悔いはあっても契約できなければ首を切られる。大好きな野球は諦めても、お金を稼いで食っていかなきゃいけない。きっと後悔や悔しさは残っても、生活のために割り切るんだろうな。

プロ野球選手に自分の姿を重ねました。別に僕はプロじゃないけどね。

でも生き甲斐を失うという点では同じかな。

 

現在の僕は…

 

楽器関係を諦めてからは、これといって打ち込めるものは見つかりませんでした。

今も特に何もやっていませんし、仲間とも相変らず疎遠です。

楽器関係で繋がっていた人にはもう忘れられてるんじゃないかな?

 

「何かを失うと何かを得る」って言葉はあるけど、そんな世の中甘くない。

同じくらい比重を掛けられるものが簡単に出てくるわけはないです。

 

でも、今の僕は、自分の仕事を持つようになりました。

会社員とは別に、本当にゼロから全て1人で作ったビジネスの仕組みです。

トロンボーンを辞めて空いた時間の全てを掛けて、没頭して勉強しました。

会社に雇われずに自分1人で収入を作る方法を学び、実践して作り上げました。

 

トロンボーンを辞めて唯一の副産物といえば、これくらいかな。

おそらく楽器を吹きながらでは出来なかったから。

没頭してた時は楽しかったし、苦労したし、投げ出したくなる時もあった。

でも、トロンボーンの代わりに打ち込める作業が出来たし、やっていくとどんどんと楽しくなった。

仲間も少しずつ増えてきたし、過去にあまり縛られなくなった。(今でも音楽関係は思い出すとダメですが)

自分の新しい立ち位置として、自分の仕事を自分が作るという道に繋がっていった。

これまで何十年と人生かけてきたトロンボーンに戻れると期待はしていない。なんかのキッカケで症状が良くなり、遊び程度に吹けたら幸せだなぁくらいには思っています。

 

これからの人生は、新しい仲間も見つけ、出会いの場所も種類も違ってくるだろうけど、自分の過去は幸せだったことには変わりない。

それを胸に秘めて、今後の新しい自分に期待してもいいかな?と少しづつ思い始めてます。

 

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